2008年03月01日

字幕付【世界最大の】日本とインドを繋ぐ地下鉄【民主主義国家】 その1

2008年3月1日に行われた学習院桜友会第10回 中・高等科桜友会総会で行われた講演の前編(sm2490971)より、インドの地下鉄のお話と主な日印外交を。




そこで今、二つ例を
引きましたけれども

これはいずれも
日本が海外における評価の
ひとつなのですが

普通に働いている人
現場で働いている人
の影響の話を
もうひとつさせてください

インドにニューデリーという街があります

map01.jpg
(画像クリックで拡大)


このニューデリーというのが首都なんですけれども
ここにデリーメトロという地下鉄が走っています
日本がODAで作った地下鉄です

aso-indea029.jpg


「視察に」
ということで行ったんですが

その地下鉄に降りていく入り口に
ドデカイ看板が置いてあって

「日本のODAで作ってもらった」って
 ずぁーと書いてある

どっかの国みたいに誰が作ったかわからないように
そいうトボケタことをしない国です
この国は

誰がやってくれたかキッチリ
わかるように書いてある

飛行場の片隅に小さく
「日本のおかげです」
なんてことは書かない

堂々と書く

エスカレーターを降りて
改札口のところに行きました

改札口で同じく

これほど大きくはありませんでしたけど

これまた大きな看板に
円グラフが書いてある

四分の三
七五パーセントを
緑色で塗って
真ん中に日本の国旗

字が読めない人が多いから
誰が見てもわかるように

「これは日本の資金が
 七五パーセントで
 できているんです」

ということが
わかるように書いてある

私はそちらの方に関心があったものですから

その、インド地下鉄公団の総裁

MITを出て
オックスフォードかどっかで
・・・とりあえず技術屋さんでしたね

大学を出てからMITにいった
と思いましたけども・・・

「どうもありがとうございました」
と言ったら

この人が
「ミニスター、ちょっと待ってくれ」と

「是非、俺の話も聞いてくれ」
と言うから

インドの人の話は
長いですからね
大体

こんなところで長々としゃべられたら
「暑いし適わんな」
と思ったんですけれども

まぁ、向こうがってんで
聞いてみたんですけれども

「この地下鉄工事をやる
 インド側の最高責任者が俺だ

 俺は最初に現地説明がある
 というので”現場に八時に来い”と
 言われて八時に行った

 八時二、三分前には行った

 そしたら外に
 日本側は数十名
 全員作業服で
 ヘルメットを着けて
 整列していた

 俺はその前で意味はわかったけど

 全員が集まるのに少なくとも
 十五、六分はかかった」と

 八時十五分か十六分に
 ・・・って言うんで

 責任者として
 ”全員そろいました”
 ということを

 その日本人の責任者に言ったら

 たった一言

 ”その背広、着たまま
 作業をするつもりか”と

 ”八時ということは
 八時に作業を開始する
 ということだ”と

 ”そんな格好で
 現場なんかできるわけ
 ないだろうが”

 と言われて全く反論の余地が
 なかったんで

 次の日
 七時四五分に行った
 ほとんどみんな
 着替えていた

 悔しいから
 次の日
 七時半に行った

 そしたら
 みんなが着替えている
 最中だった

 以来、この地下鉄工事が
 出来上がるまでの間

 日本人から習った日本語は
 たったひとつだ

 「Nouki」

 ”ノーキ”ってわかります?

 物を納める
 ”納期”
 納期ってんですけど

 何月何日に納めますって言ったら
 その納める期日を納期

 多分こらぁ
 納期の説明をするのが
 面倒くさい

 もしくは、それほど
 それを説明できるほどの
 英語能力のない

 そういった現場の
 いわゆる土木のあんちゃん達が

 納期だけを多分英語で書かせて
 あとは”ノーキ”という日本語を教えたんだ
 多分

 とにかく”ノーキ”

「今日までにって言って
 いや、もうちょっと
 明日までに」
って言ったら

「Noooo!」
って言って

「ノーキ」

そして
その若い奴らが
俺の前でジーと待っている
ってわけ


六時に終わるはずの奴が
七時になっても
八時になっても

メシも食わずに
ジーと側にいるんだって

手伝ってもくれない

「とにかく約束通り納める
これが一番大事なんだ」
って言って

徹底して教わった結果

この地下鉄は現在、
数あるインドの中にある
公共の乗り物の中で

ほぼ時間通りに動いている
唯一の公共機関だ

あとの奴は
一時間、二時間
当然のことみたいに遅れてくる

これは、ほぼ遅れることなく
動いている

工事ができて
即、次に入ってきた奴は

また全然
別の種類の日本人
だったんだが

これまた
言ったことは
たったひとつ

今度は英語だった

全員
ストップウォッチを
下げて

”ピィー”と
笛が鳴ったら

ドアが閉まるまでに四秒

ドアが閉まってから
動き出すまでに五秒

止まる場所は
三センチずらすな
一インチ以内におさめろ

ということを徹底して言って

とにかく
”on time”

今度は英語だった
らしいんですけども

”om time”

こればっかり
オペレーションで
やらされて

おかげさまで
先程の結果を
招いているんですが

この人が・・
この人はインテリですから

この人が私に言ったのは

「このデリーメトロというものを
今ぁインドでは
”ベスト・アンバサダー”
 ”最高の大使”と言っている」

理由は極めて簡単で

「この日本人の労働
 ”働く”ということに対する
 いわゆる哲学
 というものを
 徹底して我々インド人に
 教え込んだものは
 この地下鉄の工事現場だ

 このインドの首都である
 ニューデリーの真っ只中で

 ”働く” ということは
 どういうことか

 金を貰うからでもなんでもない
 きちんと時間通りにさせる

 そういう労働の美学
 労働の哲学といのを
 日本人が、このインドに
 持ち込んでくれた

 これがインドを変える

 俺達は
 インドは変る

 日本の地下鉄の
 この作業現場を見て

 俺は変ると
 確信してんだ」

aso-indea04.jpg


という話を
熱烈と
しゃべった時には

ODAをもう一期工事出さにゃ
いかんかなぁと思うぐらい
正直あれは感激しました

事実
ここは今でも
ほぼ時間通りに
動いております

こういったことを
どうして私は
しつこく言うかと言うと

私は二一世紀の日本というのは

多分ここが
一番肝心なところに
なるだろうから
と思ってるからです


「その2」に続く。
posted by うp主 at 15:34 | 日本とインドを繋ぐ地下鉄@2008.03.01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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